Home > 雪とは > 3000枚の雪の結晶:世界を驚かせた写真集

3000枚の雪の結晶:世界を驚かせた写真集

雪の写真家:ベントレーの功績

snow01.jpg

ベントレーは生涯をかけて、雪の結晶の顕微鏡写真を撮り続けました。
その数、実に6000枚。
このうちの3000枚の写真がベントレーの写真集として
1931年に3000枚をアメリカの気象学会の援助によってハンフレース博士の集成により出版されました。
当時はまだ雪の結晶写真を撮る技術も知られていない時代であり、
雪の結晶の美しさも知られていませんでしたので、衝撃的な写真集でした。
多くの雪の研究家が彼の写真集により、刺激と影響を受けました。

写真集の衝撃

写真集が出版される以前にも、ベントレーの写真は何枚か、印刷物の挿絵として、多くの人の目に触れてきました。
しかし、1、2枚の雪の結晶写真を見るのと、3000枚という写真に注ぎ込まれたベントレーの精神や、
写真の中に描き出された自然の造詣の不思議さはまったく別物であったようで、
この写真集が与えた衝撃と感動は、はかり知ることができません。
3000枚の雪の結晶のどれ一つとして同じものはなく、
すべてが美しく六角形の花のように輝く結晶写真が当時の人々にどのような感動を与えたか、想像することもできません。

無学な農民の労作が科学者たちの研究心に火をつけた

snow02.jpg

上の写真、右の写真はどちらもベントレーが撮影した雪の結晶です。

そののち、世界で始めて人工的に雪の結晶を作ることに成功し、雪の博士として、
長く世界的雪の研究の第一人者となった中谷宇吉郎もこの写真集に魅せられたひとりでした。
中谷自身が著書の中で、この写真集が雪の研究に進む「きっかけ」だったと告白しています。
ベントレーは無学の人でしたが、数多くの科学者の研究心に刺激を与えたということは、とても愉快なことです。
この写真集によりベントレーの功績はゆるぎないものとなりました。
長い間、研究書や論文に引用された雪の結晶の写真のほとんどが、ベントレーの写真集からの引用や転載であったことも、この写真家の偉業を裏付けるものです。
このサイトには、ベントレーの写真集から許可を得て、掲載しているものが数多くあります。

雪の写真に足りなかったもの:ベントレーの限界

ベントレーが雪の写真をとり続けたのは、科学的な研究のためではありませんでした。
彼自身が雪の結晶の美しさに魅せられ、自分の興味から写真を撮り続けたのです。
彼の写真の目的は、美しさを記録に残したいという思い、そして撮影した写真を販売することでした。
そのため、撮影した写真以外には雪の結晶の情報を何も残すことをしませんでした。

  1. 撮影の日時
  2. 気温など気象条件
  3. 写真の倍率など撮影条件
  4. 降雪地・撮影地など地域情報

残念ながら、これらの情報がまったくありません。

雪の写真が与えた誤解

ベントレーは美しい雪の写真を追いかけたために、決まった形の、きれいな平面的な結晶のみを撮影し、
美しさに欠けるもの、いびつなものや形の悪いものは写真に残っていません。
美しい形のものよりも、不完全なもの、いびつなもの、形の悪いものの方が多かったに違いないのですが、
それらの結晶や写真は、おそらく、彼にとっては失敗作と感じたのでしょう。
そのため、多くの人が雪の結晶は、すべて同じような形の花のような六角形なのだと人々に思い込ませてしまったのです。
今でも、雪の結晶は、あの六角形の平面上のほぼ同じような花の形のものだけと思っている人が多いようです。
雪の結晶の中には、ちょうど六角形の鉛筆を短く切ったようなタイプのものや、
その先端を削ったろうな形のもの、六角形の軸に穴が彫られたコップ状のもの、
六角形の鉛筆状の両端に六角形の板をつけたちょうど鼓(太鼓のつづみ)形のものなど、
美しさでは劣るものの、いろいろな形のものが存在します。
ベントレーの写真はその中のきれいな特定の形のものに六角形の花の形のものに集中している点です。
もし、撮影の情報や自然に降ってくるすべての形の雪の結晶を、美しいものも、美しくないものも、
形のよいものも、形の悪いものも、同じように写真に残していたら、
そして、それを「いつ」、「どこで」、「どんな気象条件で」、「どのような撮影条件で」撮影したかを記録していたなら、
科学的な価値はどれほど大きくなったか想像できません。

ベントレーの限界は、彼が科学者ではなかったという事実です。

ベントレーの写真の限界は、ベントレーの限界ではなく、人間の本質的な限界でもあります。
他の多くの人も、雪の結晶の写真を撮影したとして、おそらく同じことをやったに違いないと思われるのです。
汚い結晶、一見壊れたように見える結晶の写真は取らないで、おそらくきれいなものを記録に残したのではないだろうかと想像できます。フィルムが高額だった時代にはなおさらのこと、よいものだけを撮影したいと考えたでしょう。

科学者の目というのは、教えられ、養われて始めて芽生えるのかもしれません。

どんなに欠点を指摘されようと、雪の研究をした人たちのすべてが美しさに感動して手にとって眺めたベントレーの写真集が彼の残した金字塔であること異論を唱える人はいないでしょう。
科学的な指導者がもし近くにいたら、計り知れない偉大な業績となったことでしょう。
また、ベントレー自身が科学者として、成長した可能性もあることでしょう。

カテゴリ: 雪とは , 雪の研究の歴史