雷切

雷切(らいきり)と呼ばれた男、立花道雪:

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立花道雪という人は,1531年に豊後国(大分県)の大友家の家臣、戸次親家(べっき ちかいえ)の次男として生まれた。
本来の名は戸次鑑連(べっき あきつら)である。1560年には大友家を離反した立花家を討ち、立花城に入城。その後、立花姓を継いで立花道雪を名乗った。
以後、道雪は主君である大友宗麟を盛り立て、その優れた人柄や勇名は東日本にまで広まったという。

雷神を切った出来事

とっさに彼は、所持していた刀「千鳥」でその雷(雷神)を切ったと伝えられている。
道雪は、雷にうたれたものの半身不随になりながらも一命は取りとめた。

人々は道雪が雷神を切ったと噂した

この事件の後、道雪は彼の刀の名を「千鳥」から「雷切」と改めたといわれている。
雷に打たれたとき、落雷は刀を直撃したのかも知れない。落雷の衝撃で反射的に、彼は武士らしく、とっさに刀を抜いた。

雷は恐怖の対象だった

われわれは雷が雷雲中に蓄えられた電気の放電現象であることを知っており、そのエネルギーの大きさも知っている。
彼が雷の直撃を受けたのだから、どれほど恐ろしい危険な体験であったか想像がつく。
しかし、この時代の人にとって、得たいの知れぬ「雷神」に襲われ、とっさに雷神を切った彼の体験は、別の意味で、現代人が感じる雷の恐怖よりも、はりかに恐ろしく危険な体験と感じられたことだろう。
雷を切り殺し、半身不随になりながらも、いのちを取り留めた立花道雪の体験、衝撃の大きさは、語り継がれるのに十分な価値があった。

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