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雷といえばフランクリン

凧の実験

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雷が電気であることを確認したフランクリンの「凧・たこ」の実験は有名です。 雷といえば、すぐにフランクリンの名前が浮かびます。彼は英国・フィラデルフィアの印刷屋でした。彼の凧の実験は1752年のことです。
実験の内容は、たこの糸を蓄電器につないで、雷の電気を取り、蓄電器から電気火花が飛ぶのを見て、雷が電気であることを証明したといわれています。しかし、雷電流が凧の糸を伝って、充電されたとすると、糸は焼け溶け、フランクリンは感電して死んでしまったかもしれない。おそらくは、電気の感応によって充電されたものと推測されている。写真はベンジャミン・フランクリン

感電して死ななかったのは幸運だった

雷の電気エネルギーの大きさを知っている現代の人は、恐ろしくて、フランクリンのような実験をする人はいないだろう。フランクリンは雷が電気であることを証明しようとしたのだけれども、エネルギーの大きさはまったく予想できていなかった。知らないからできた、とてつもなく危険な実験であった。事実、フランクリン以後に、同様の実験をしたロシアの学者が雷撃で死んでしまったという事故も起こっている。
ピアノ線を使った気象観測用のたこに落雷したとき、ピアノ線は瞬間的に熱で気化してしまったということである。

当時避雷針はあまり売れなかった

フランクリンは実験の翌年フィラデルフィアの自宅の屋根に避雷針を立て、普及に努めたが、なかなか理解者は多くなく、商売としても、成り立たなかったようである。もっとも反対したのは、キリスト教会だったということです。今でも、欧米では背の高い建物といえば、教会の塔が連想されます。フランクリンが見た避雷針を立てるべき高い屋根は、当時、たぶん、教会しかなかったのだと思われます。
しかし、教会としては、十字架より高く避雷針を立てるというのは、ちょっと受け入れがたいことだったようです。

いまでも日本ではフランクリン時代そのままの避雷針が数多く使われている

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ビルの屋根を見ると、つんつんと避雷針が立っているのが見えます。
フランクリンの時代と大差ない避雷針です。
雷の被害は多いのですが、日本の雷害対策はあまりにも遅れている、と専門家は嘆いています。

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