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モーセの十戒:出エジプトと雷

聖書の背景

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聖書を知らない人でも、「汝殺すなかれ」という、モーセの十戒については少し知っているかも知れない。チャールトン・ヘストン主演で映画化された。 400年間、エジプトの奴隷となっていたイスラエルの民がモーセに率いられて、エジプトを脱出し、約束の地パレスチナに向かうという出来事である。旅の途中、シナイ山で神様から「十戒」を与えられる。「十戒」とは、その約束の地で、イスラエルが「どのように生きるべきか」示したものであり、神への愛、人への愛に関して守るべき戒めである。
この「十戒」では、雷が重要な要素となって登場する。歴史上もっとも有名な雷の記事ということができる。

写真はミケランジェロ作のモーセ像

過越しの祭り

この旅立ちの日がイスラエルでは1年の始まり、正月であり、過越しの祭りとして今も祝われている。(イスラエル歴の1月14日から21日まで。現在のカレンダーでいうと3月中旬から4月中に相当します。)
過越しの食事が中心的な位置を占めている。
ちなみに、キリストが十字架につけられたのは、過越しの食事をした翌日のことである。
キリストが弟子たちと守った「過越しの食事」こそが、ダビンチの絵でも有名な「最後の晩餐」である。

エジプト脱出

モーセに話を戻すと、奴隷の民が簡単にエジプトを脱出できたわけではありません。
イスラエル人を奴隷として留めておこうとするエジプト王(パロ)とイスラエル人を解放して、約束の地パレスチナへ導こうとするモーセとの対決が映画でも見ものである。
モーセはエジプト王に対し神の力をもって数々の奇跡を行い、イスラエルを開放するように迫り、エジプトはついにイスラエルを奴隷として留めておくことができなり、エジプトからの脱出を認めざるを得なくなったというできごとです。

モーセの奇跡:雷と雹

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次はそのモーセがエジプト王(パロ)の前で行った10の奇跡のひとつについて聖書の抜粋である
。 「モーセが杖を天に向けてさし伸ばすと、主は雷と雹を送り、火が地に向かって走った。
主はエジプトの国に雹を降らせた。雹が降り、雹のただ中を火がひらめき渡った。」

被害は大きかったが致命的ではなかった

エジプト中で農作物は壊滅的な被害を受け、家畜、農民が雷と雹で命を失ったといわれている。
まさに、歴史を変えた雷でる。この出来事はBC13世紀のことと考えられている。
この雷と雹は、エジプト建国以来最大の雹害といわれた。

放浪のユダヤ人

このときの数々の奇跡により、エジプト王パロはイスラエル人を奴隷としてとどめておくことをあきらめることになる。モーゼはイスラエル人を率いてエジプトを脱出する。この脱出が出エジプトといわれる出来事である。彼らは紅海を渡り、40年にわたる荒野の放浪の末、現在のイスラエル国家があるパレスチナに住むことなる。この後イスラエル王国は、ダビデ、ソロモンという王によって、エルサレムを中心に最盛期を迎えるが、程なく、アッシリア、バビロニア、ローマ帝国によって滅ぼされ、最終的に国を失い、2000年間、変える国のない放浪の民族として世界に散らばる。

放浪のユダヤ人は身を守るため強欲な

シェークスピアのベニスの商人で、借金のかたに、生身の身体から切り取って肉を1ポンドよこせと、迫ったのはユダヤ人の金貸しである。
国のないユダヤ人は身を守る、保護する政府がないため、きわめて特殊な生き方を強いられた。
身を寄せた国に溶け込むと同時にユダヤ教徒いう宗教をよりどころとするため、決して同化することなく、ユダヤ人社会を築いた。
その結果、どこでも嫌われ者となり、悪徳のイメージが定着していたのです。

イスラエルの建国

20世紀、イスラエルの建国により、ながく、パレスチナに住んでいた人々が国を失った結果、今日のパレスチナ問題となって、今日に至っている。(もちろん、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとってエルサレムが特別な都市であることにも深い関係がある。)

「十戒」と雷

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さらに、「十戒」は、モーセが神の山と恐れられたシナイ山に登って、神様から、授けられるのだが、そのときの様子は、次のようである。 ここにも雷の記事がある。

山の上に雷といなずまと密雲があり、角笛の音が非常に高く鳴り響いたので、宿営の中の民はみな震え上がった。シナイ山は全山が煙っていた。その煙はかまどの煙のように立ち上り、全山が激しく震えた。

雷は神とともに

聖書は2000ページ弱の書物であるが、人々の生活と深く関わりのある内容であるため、いろいろな自然現象にも触れられている。
天候に関して雷の記事は決して多くはないが、重大な出来事と関連付けて、記述されている。
雷は、イスラエルの歴史に、深くかかわっている。
キリストの生涯の重要なできごとのときにも雷が鳴る。
出エジプトや十戒の出来事は、ユダヤ教徒の家庭の子供たちも、またキリスト教徒の家庭の子供たちも、幼いときから繰り返し聞かされている出来事で、
彼らにとっては、まさに、誰でも知っている身近な出来事である。

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