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抗毒素(抗体)の発見の衝撃

医学界への衝撃:血液の中に毒を中和する物質ができる

ドイツのコッホのもとで研究をしていた北里とべーリングは、破傷風菌を少量、うさぎに注射する実験を行った。発病したり、致死量とならないように、破傷風菌は、少量ずつ、何回かに分けて注射しました。
その後、このウサギに通常であれば致死量に相当する量の破傷風菌を注射してみると、驚くべきことに、ウサギは死なないばかりか、発病することもなく、まさに元気なままで、ウサギには何事も起こりません。
そのときは、北里にも、ベーリングにもわからなかったのですが、ウサギの体内に、菌をすこしずつ注射したことで、破傷風菌に対する抗体ができていたからでした。

免疫機能:血清を通してある動物から別の動物へ

そこで、今度は破傷風菌でトレーニングされたウサギから血清を取り出し、一度も破傷風にかかったことのない他の動物に、このウサギの血清を注射してみました。
すると、注射された動物に致死量に相当する破傷風菌を注射してみても、この動物にも破傷風に対する抵抗力ができていて、死なないばかりか、何事も起らず元気なままです。
破傷風菌に対する抵抗力をもった動物の血清を別の動物に注射すると、その動物にも破傷風に対する抵抗力が生まれたのです。
そればかりか、適切に血清を投与すれば、破傷風で重篤な状態の動物も回復させることができました。

免疫機能を起こす物質:抗毒素

これは医学の歴史を変えるほどの重大な発見でした。
ある動物のもつ免疫機能を別の動物に与えることができるということになります。
そしてもう一つのことは、最初に、破傷風菌を注射された動物の血清の中には、破傷風の毒を中和する何か知られていない物質ができているということにもなります。
注射によって、毒を中和する物質が、ある動物から別の動物に伝えられたということだからです。
ジェンナーが天然痘の治療に牛痘を接種したとき、それがどうして天然痘を予防したり、感染しても軽症ですむのか、理由はまったくわかりませんでした。
なんだか理由はわからないが、とにかく効き目があるということで、牛痘の接種が行われたのです。
しかし、北里とベーリングの研究によって、病原菌の接種の結果、病原菌に対する抵抗力を生み出す物質が体内に作られているということが明確になったのです。
これは、当時の医学界にとって大変な衝撃でした。

抗毒素・抗体

このように免疫機能を獲得することを、紺にとでは受動免疫と呼んでいます。
北里とベーリングが発見した血清中に生成された物資は、毒素を中和する物質だから、「抗毒素」と命名されます。
この抗毒素こそ、今日、私たちが「抗体」と呼んでいるものそのものだったのです。

研究の発展:破傷風からジフテリアへ・動物から人間へ

破傷風の菌に対する免疫血清の論文への注目は、新たな挑戦を生み出します。
同じやり方でジフテリア菌の抗毒素を作る試みが始められます。
いろいろな動物で実験が重ねられ、ついに決断の時が来ます。
1981年のクリスマス。ジフテリアで危険な状態の女の子がベルリンのバーグマンクリニックに運び込まれました。
そして、このとき初めて、ジフテリアの免疫血清が人間の治療に使われたのです。
女の子は治療により、無事回復し、血清療法の有効性が示されました。
天然痘の時のように完全に根絶することはできませんでしたが、死亡率は劇的に減少し、感染症に対する血清療法はこのときを境に大きな発展を遂げます。
ベーリングは功績をたたえられ、第一回目のノーベル賞受賞者となります。
抗毒素・抗体の発見者である北里が選に漏れたことは、まさに不幸なことであり、不運なことでした。
彼は、ジフテリアの血清療法が始まる前に帰国し、参加できなかったのです。
また、当時のヨーロッパ世界からすると、極東の未開の国から来た留学生であったことが、不当な評価につながったという見方がされています。
北里はノーベル賞に選ばれませんでしたが、彼の偉業を今日評価しない人はいないでしょう。

カテゴリ: 抗原と抗体