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人痘接種:英国王室の決断

天然痘の流行の恐怖は人々を追い詰めた

メアリー・ワトレー・モンターグが英国で初めて自分の娘に人痘接種を行って間もなく、英国王室のキャロライン皇太子妃は、自分の娘たちにも、人痘接種をしたいと思うようになりました。
英皇室が、まだ医療として確立していない人痘接種のような治療法(予防法)を採用したいと考えたということは、当時、天然痘の脅威がどれほど大きなものであったか想像させるのに十分なことといえます。
人口の1/4が天然痘で死んだというのですから、大変な恐怖です。
当然、大きな反対が起こりました。
反対する人多たちにとって、まだ安全性や有効性が十分確認されていない人痘接種を英国の王女たちが受けるべきだと考えることはできませんでした。
余談ですが、現天皇陛下がまだ皇太子であったとき、ご夫妻が宮崎県を訪問されたことがありました。
宮崎県内では、当時、リニアモーターカーの実験が行われており、歴代の運輸大臣が試乗に訪れていました。
JRとしては、宣伝にもなりますから、ぜひ、皇太子ご夫妻にもリニアへの試乗をお願いいたわけです。
宮内庁からの回答は、けんもほろろ、「皇位継承者を実験中の車両にお乗せするなどということはまったく考えらない」という、拒否回答でした。
王室、皇室というところはそういうところなのです。
英国王室が人痘接種のようなものを採用し、王族に接種するなどということは、まさにあり得ないことでした。

人痘接種へ向けて

しかし、安全性や有効性の不安よりも、天然痘の死の恐怖の方がはるかに大きかったというべきでしょうか。
驚くべきことに、キャロライン皇太子妃が多くの反対にもかかわらず、王女に人痘接種をうけさせようとして、まったく引き下がらなかったということです。

この先の話は、時代背景を考慮して読んでください。

まず、1721年、恩赦を条件に6人の若い死刑囚が選ばれて、公開で人痘接種の人体実験が行われました。
新聞記者、科学者が見守る中、6人に人痘接種が行われました。
実験は成功し、症状は軽く、全員に現れた症状はまもなく回復します。
このなかの一人の女性は、さらに天然痘の患者の看護をさせられ、そのうえその患者に添い寝をさせられます。
これでもかという感じです。少しでもうつる可能性があるなら、この死刑囚にうつさせようというほどのやり方です。
にも関わらず、彼女は発病することなく、彼女の健康状態には、何の変化も起こりませんでした。
このことから、当時の天然痘にたいする恐怖は、死刑囚の恩赦解放に値するほどであったということも、わかります。
人体実験は、まだ続きます。
聖ジェイムス・パリッシュ孤児院の子供が選ばれます。(この時代、孤児院の子供たちには、人権などというものはありませんでした。)
そして、7人の子供たちに人痘接種が行われました。
ともかく、幸いなことに、これまでの人体実験による人痘接種はすべて成功しました。

ついに決断の時・そしてブームに

キャロライン皇太子妃は2人の娘、アメリア王女11才、キャロライン王女9才の人痘接種を行いました。
このことが引き金となって、人痘接種は英国で、一躍ブームとなり、結果的に天然痘の流行に歯止めをかける力となりました。
しかし、ブームの陰で、技術の未熟な医師による接種が行われ、多くの失敗も産むことになります。
深く傷つけたり、接種量が多すぎたり、少なすぎたり。
医師によって、成功、失敗の比が大きく変わったため、人痘接種に対する批判も多くありました。
それでも、人痘接種により、天然痘の発病率、死亡率は驚異的に改善したのです。

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