Home > 免疫発見とその歴史 > 天然痘撲滅の最初の一歩:人痘接種の決断

天然痘撲滅の最初の一歩:人痘接種の決断

天然痘に罹ったメアリー・ワトレー・モンターグ女史が見たもの

才色兼備のメアリーは結婚すると、まもなく天然痘に感染し、一命はとりとめたものの、回復後の彼女の容姿は変わり果ててしまう。
顔をはじめ体中に天然痘の傷跡が残りました。
彼女の受けた衝撃はどれほどだっただろうか。
「生きているだけでも、運がいい」、他人は簡単に言うが、まだ若い彼女が人目を気にして生きる辛さも相当なものだ。
その彼女が夫とともにイギリス大使としてに赴任したコンスタンチノープルで目にしたものは、実に衝撃的な光景でした。
彼女が目にしたのは、近づくのも恐ろしい天然痘患者の身体から、その膿を採って、健康な人の腕にその膿を傷つけながらすりこむ、という信じがたい治療法だったのです。

天然痘の膿を接種する治療法:英国への手紙でヨーロッパへ紹介

彼女がこの驚くべき目撃体験を、英国の友人に書き送った有名な手紙が、今日でも残っています。

「天然痘は、非常に危険な病気ですが、ここ(コンスタンチノープル)では、「人痘接種」という方法が発明され、天然痘は、まったく、無害になっています。私は、この発明をイギリスに持ち帰って、紹介したいと考えています。」

事実、メアリーは、大使の任を終えて、英国へ戻る前に、大きな決断をします。
当時6歳だった自分の息子に、この人痘接種を受けさせたのです。
天然痘が流行する英国で息子が天然痘に感染するのを恐れ、コンスタンチノープルで、今日でいう「予防接種」を受けさせたのです。
彼女は、人痘接種を英国で普及させる思惑があったのかもしれませんが、英国人医師に接種を依頼して、その医師の手で、接種を実施しました。

人痘接種が歴史の舞台へ:英国で接種が行われる

メアリーが英国に戻ったのち、予想通り、英国に天然痘の大流行が起こります。
彼女は、娘にはコンスタンチノープルで人痘接種を受けさせていませんでした。
それは、人痘接種に対する疑いや恐れのためではなく、娘の乳母が、天然痘に罹ったことのない人だったので娘の人痘接種により、乳母が感染することを恐れたためです。
そこで、彼女は英国で息子に人痘接種を行った医師を呼び寄せ、多くの反対の中、英国で初めてとなる人痘接種を行いいました。

人痘の発明は中国といわれている

アラビア政界で最初広まった人痘は、実は中国からもたらされたといわれています。
初期は、天然痘患者のかさぶたを取って煎じて飲むというようなことが行われ、それがアラビアに伝えられ、人痘として確立したようです。

カテゴリ: 免疫発見とその歴史