Home > 免疫発見とその歴史 > 免疫が勝敗を分けたペロポネス戦争:免疫についての歴史的記録

免疫が勝敗を分けたペロポネス戦争:免疫についての歴史的記録

ペロポネス戦争と免疫の記述

古代アテナイの歴史家トゥキディデスはペロポネス戦争を実証的な立場から「戦史」として記録しました。
BC.409年カルタゴ軍がシラクサへ侵攻したときのことです。この戦争では、両軍に疫病が発生し、多くの兵士がこの疫病で亡くなりました。
そのため、カルタゴ軍は攻撃を断念して、撤退せざるを得ない状況に陥りました。

8年後、カルタゴは新しい兵士を集め軍を再編し、再び、シラクサへ侵攻を開始しました。
そして、恐ろしいことに、再び、両軍におそらく前回と同じ疫病が発生したので。

かつて、戦争では、戦いで命を落とすよりも、軍隊内で発生する疫病によって命を落とすことのほうが多かったといわれるます。それほど、疫病の伝染・流行は大きな問題でした。
まだ、衛生観念も乏しい時代に、狭い環境に多くの兵士が共同生活を強いられるのですから、今日の難民キャンプさながらです。傷の手当てに使う医療機器の消毒のような概念もありませんでしたから、一度、伝染性の疫病が発生すると、もはや止める手立てがなかったのです。
今日でさえ、災害で避難して、共同生活をする人の間に、伝染病が発生しやすく、大きな問題になることがあります。
まして、紀元前5世紀ではなおさらのことです。

免疫を暗示する歴史上最初の記録:カルタゴ軍は疫病によって大打撃・シラクサ軍の被害は少ない

再び発生した疫病の流行にもかかわらず、両軍の被害に大きな違いが生じたのです。
原因は、おそらく「免疫」の働きであったと今日では考えられています。

なぜでしょうか

カルタゴ軍は、前回の遠征で多くの軍人が失われたため、新しい兵士を集めて軍を再編しました。
そのため、カルタゴの軍隊は、前回の疫病を経験していない人々で構成されていたのです。
それに対して、迎え撃つシラクサの軍は、多くの人々が前回の疫病を経験した同じ人々で構成されていました。多くの人がのこ疫病の免疫を持っていたものと考えられます。
免疫を持たないカルタゴ軍は、再び、多くの軍人が疫病に倒れたにも関わらず、シラクサ軍の構成員は疫病にかかっても軽くすんだのです。
細菌について何も知らない時代ですし、免疫の概念などあろうはずもありませんが、この記述が、今日、免疫として知られていることについての、歴史的に最初の記録と考えられています。

ただ、出来事が紀元前のことであり、この疫病がいったい何だったのか、知るすべは今のところありません。
ペストではないかという説がありますが、ペストではなかったという専門家が多く、別の疫病だったと考えられています。

カテゴリ: 免疫発見とその歴史