Home

死亡原因の1位は、今も、がん・癌

1981年(昭和56年)以来日本人の死亡原因の1位はがん・癌です。
現在では2人に一人ががんになり、3人に一人はがんで亡くなっているのです。
驚くべきことです。がんはそれほど蔓延しているのです。


国のがん対策

1984年(昭和59年)から1993年(平成5年)までの10年で、旧文部省、旧厚生省、旧化学技術庁の3省庁の共同事業として「対がん10ヶ年総合戦略」が推進されました。
その結果、ヒトがん細胞のがん遺伝子が次々に発見され、大きな発展を遂げました。 しかし、がんは死亡原因のトップのままで、治療の困難さも変わっていないのです。
がんは人類を悩まし続ける病気の代表です。
その後、新たに1994年(平成6年)から3省庁の共同事業として、「がん克服新10ヶ年戦略」が進められました。
現在は「第3次対がん10か年総合戦略」が進められています。

アメリカのがん対策基本法は1971年

1971年当時のニクソン大統領はがん対策基本法を制定しました。
がん戦争宣言と言われていますが、ニクソン大統領はがんを征圧して見せると宣言したのです。
米国では、がんの死亡率は減少していますが、治療の困難さが解決したわけではありません。アメリカでもいまなおがんは困難な病気のままです。


がんの原因は遺伝子異常

いろいろな発見がありましたが、その中の一つに、「がんは遺伝子の異常によって起きる病気である」という大きな発見がありました。
遺伝子といっても、親から子へ受け継がれていく家系的なときのはなしではなく、細胞が分裂して新たな細胞を生み出していく日々の生命活動の問題です。
私たちの体は60兆個という数の細胞で構成されています。そして毎日100億個の細胞が新たに生み出され、同時に100億個の細胞が死んで排出されています。
新たに生み出される細胞は細胞分裂によって生み出されますが、このとき、DNAの遺伝子情報をもとに細胞のコピーが作られるのです。
DNAに化学物質などで損傷が起きると、異常細胞が生み出される危険がありますが、多くは修復機能が働いて、正常なコピーができます。
損傷の部位によって、損傷の程度によって、修復が正常にできないと、突然変異した細胞が生み出されてしまうのです、。
このDNAの損傷を遺伝子異常と言っています。
遺伝子異常により、突然変異した細胞が生み出され、免疫系によって取り除かれることなく異常な増殖をしていくとがんになることがあります。


生活習慣と環境汚染の相乗効果

私たちが食べるものは、ほとんどが工業化された食品です。
「自然の野菜・食肉を調理して食べている」と考えているかも知れませんが、野菜の肥料は工業生産されたものです。
肥料が野菜となっているのであれば、本当の自然のものではありません。
昔の野菜と現代の野菜は、名前は同じでも、栄養価は全く別物と指摘されています。
季節を問わず野菜があるのも、自然ではなくなった結果ということができます。
食肉は、狂牛病問題で知るところとなった、肉骨粉の飼料問題。牛に牛の肉骨粉を食べさせていたのでした。
牛は草食動物ではなくなってしまったのでしょうか。
不自然な飼料、工業化された飼料で育てられた食肉が食卓を賑わせています。
2歳未満の牛を食肉にするという規則ができたようです。
おもしろいことです。
それ以上の年数の牛は危険な病気を持っている可能性があるのです。
2歳以下は「発病前」の安全域だそうです。
「本当に健康な若牛」ということではありません。


本当に自然の食品は存在しない

病気を防ぎ、確実に成長させるためということで、その他多くの化学薬品、抗生物質が多量に使われています。
さらに、加工食品は高熱、化学処理、添加物で処理されています。
一度、添加物の入っていない加工食品を探してみるとよいです。
おそらく、入手できないでしょう。
無農薬、無肥料の本当の自然の野菜を探してみた経験があるでしょうか。
食肉ではそのレベルのものはありません。
野生の牛や豚は存在しないのですから。
魚は安全かというと、これもかなり難しい問題です。
他の食品と比べて、魚は天然物が多いのですが、養殖の餌や抗生物質は、養殖の槽の中に とどまっているわけではありません。
陸上で使われたあらゆる化学薬品は何らかの経路をたどって海に行きつくのです。
さらに海流に乗って北上し、現在、北極海の汚染が深刻なレベルにあるほどです。
食品以外でも、空気はいろいろな排気ガス、汚染物質で満ちています。
肺から入るものは、食事として入るものよりも代謝的には危険があります。
がんの原因はあまりに多く、複合的な危険はまったく調査不能なのです。
この現実の前に、がんとの闘いは、勝ち戦ではなく、負け戦の様相を呈しているというのが正しい評価ではないでしょうか。方向を替えるべき時に来ているのではないのかというんが批判的な立場の意見です。