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「免疫発見と研究の歴史」の一覧

他人の癌・がんを自分に注射した人:がんの抗体はできない・移ることもない

1808年10月17日、パリのセントルイス病院で、J.L.アリベールという医師は、乳がんの患者から採取した腫瘍をどろどろにつぶして、これを自分に注射してみました。
研究者は驚くべきことをします。これががんの抗体を作ろうとした歴史的に記録されている最初の出来事です。
自分だけでなく、3人の弟子にも同じように注射しました。
果たして、結果はどうだったのでしょうか。

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文明ががんをつくる

古来の生活に答えがある

アフリカの赤道直下、ランバレネで医療1913年医療伝道に携わったシュバイツァー博士は、ランバレネでは、「がんを見たことがない」と語っています。
現代はがんで死ぬことは日常的です。
がんは生き方と結びついた病気であることが常識となっています。
何をどのように食べてきたのか。
どのような空気を吸ってきたのか。
その一つの答えががんの増加であることは間違えないでしょう。

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AIDS:感染から発症まで(2)

急性感染期

HIVに感染すると2W~4Wで最初の症状が現れます。
その初期症状は
1)インフルエンザのような発熱、のどの痛みなど
2)全身のリンパ節の膨張
3)全身の斑状発疹
4)無症候性感染
5)その他
これらの症状はどれもHIVに特有のものではなく、インフルエンザなどの症状と大差ありません。

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AIDSと日和見感染

日和見感染

日和見感染とは、すでに、私たちの体内に存在する細菌によって起こる感染です。
過去に感染した菌が完全に除去されないで、細胞内などに身を潜めているような菌で起こります。
本来、免疫系は異物を徹底的に探し出して排除するものですが、実際の身体の中では、このような探索から上手に身を隠している細菌も少なくありません。病原菌を完全には殺しきれない状態なのです

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AIDS:感染から発症まで(1)

感染

HIVは非常に弱いウイルスで、普通の生活をしているかぎり、HIVに感染することはありません。もし感染者と一緒に暮らしていたとしてもまず感染することはありません。
インフルエンザのような強力な感染力をもつウイルスではないのです。
ウイルスが変異を繰り返すうちに、インフルエンザのような感染力を持った場合には大変なことが起こります。おそらく世界中がパニックになり、人類は滅亡的な死者を出すことになるでしょう。
さいわい、いまのところ大丈夫です。

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全身性エリテマトーデス

自己免疫疾患はなぜか女性に多い

全身性エリテマトーデス/シーグレン症候群/慢性関節リウマチ/重症筋無力症のような自己免疫疾患はなぜか女性の発症率が男性に比べて高い。
全身性エリテマドーデスでは、男よりも女のほうが10倍近い。

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重症筋無力症

筋肉が動かなくなる病気

重症筋無力症は筋肉が極度に衰弱してしまう難病です。
症状は、最初まぶたや首、顔の筋肉が垂れ下がるようになることです。
上から始まり、徐々に全身に及びます。
眼球を動かす動眼神経が麻痺して、左右の眼の動きに違いが生じ、右目と左目で見ているものが違うようになってしまします。

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AIDSはひとつの病気に対する病名ではない

AIDSは特定の病気ではない

AIDSは、ウイルス感染が引き金となり、免疫系が機能を失う病気です。
その結果、免疫系の崩壊により、さまざまな日和見病原菌に感染することである。
AIDSは「いろいろな病気になる」病気ということができます。

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AIDS患者数と感染拡大地域

AIDS患者数は6500万人

AIDSは世界で6500万人の患者がいるといわれ、その中でも特にアフリカのサハラ砂漠以南の地域で患者数が圧倒的に多い。全体の60%の患者がこの地域にいるということです。

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AIDSの発見・特殊なウイルスHIV

AIDSは後天性の免疫不全症

後天性の免疫不全で、今や誰でも知っており、身近な問題となているのは、AIDSです。
AIDSは後天性免疫不全症候群と呼ばれ、AIDSウイルスによって起こります。遺伝子の欠陥によって発症する重症複合型麺栄不全症(SCID)と同じように、病原菌に対する抵抗力を失ってしまうのがこの病気の大きな特徴です。

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後天性の免疫不全症

先天性(原発性)の免疫不全症

先天性の免疫不全症は、何らかの遺伝子の異常によって発生します。
そして生まれつきの免疫の重大な欠陥による症例は、生命にとって免疫の働きがどれほど重要なものであるかを私たちに教えてくれました。
私たちは様々な病原菌にさらされて生きており、体内に侵入してきた病原菌を撃退し、排除する免疫系が正常に機能しなければ、たちどころに生命の危機に瀕することになります。

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自己免疫疾患はなぜか女性に多い

自己免疫疾患と男女比

全身性エリテマトーデス/シーグレン症候群/慢性関節リウマチ/重症筋無力症のような自己免疫疾患はなぜか女性の発症率が男性に比べて高い。
全身性エリテマドーデスでは、男よりも女のほうが10倍近い。

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自分に対する免疫反応

免疫が自分自身を攻撃する

他のサルの脳細胞を免疫されたサルが、自分自身の神経細胞に対して免疫反応らしい反応をおこし、脳炎に似た症状を示すことが報告された。(1930年代)
なにかわからないことが起こっていて、そのため、自分自身の甲状腺を攻撃する免疫反応が起こっているらしいと考えられる。

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疑似抗原

侵入者が私たちと同じ部品をとっていたとき

免疫が外来からの侵入者を異物として認識するのは、私たち自身とは異なるたんぱく質の断片を見つけるからにほかなりません。
しかし、微妙でやっかいな問題がことがあります。

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自己の確認と自己が自己でくなるとき

自己の確認

生まれたばかりの赤ちゃんの血液には抗体が存在するが、驚くべきことにその多くは自己を抗原とする抗体であるということです。
自己を抗原とするということは、生まれたばかりの赤ちゃんの場合、B細胞もT細胞も自分自身を攻撃しているらしい。

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免疫の持つ危うさ

免疫はどうして病原菌を識別できるのか

免疫系が機能するとき、私たちは病原菌から守られて健康でいることができます。
免疫は病原菌をどのようにして病原菌と知ることができるのでしょうか。
実は免疫は、身体に侵入してきたものが病原菌だと知っているわけではありません。
免疫には侵入してきたものが病原菌か、そうでないか識別するような能力はありません。

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自己?非自己? : 自己寛容

自己はどのように認識されるのか

ポール・エーリッヒは一匹のヒツジから赤血球をを取出し、もう一匹の別のヒツジに注射していろいろな変化を調べていた。
何週間か経つと注射されたヒツジの体内には必ず提供者のヒツジの赤血球を凝縮させ、溶血させる抗体ができていた。
これは、別のヒツジを使ってやっても同じだった。
そこで、提供者の赤血球をもとの提供者自身のヒツジに注射して戻してみた。
何も起こらない。
偉大な思想家エーリッヒの「偉大さ」はここにあるのか? 彼には、この現象が不思議に思われた。

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B型肝炎ウイルスと免疫

h3>B型肝炎の症状

B型肝炎で肝臓が受けるダメージは極めて重篤である。
肝硬変や肝がんに発展することも珍しくない。
だから、B型肝炎は恐ろしい病気だという認識がある。

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結核と免疫の働き

結核は、日本などの先進国では、過去の病気として人々の中では忘れられつつありました。
しかし、結核は医療技術の発展により天然痘のように消え去ることはなく、むしろ勢力を盛り返しつつあります。

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アレルギー性の喘息

アレルゲンが鼻やのどを通って、高濃度で、肺にまで達すると、IgE抗体をもつマスト細胞が肺粘膜、気管支細管の毛細管に集まります。
この場合は、症状が鼻水やくしゃみでは収まらず、喘息になります。

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アレルギーとアナフィラキシー

花粉症などのアレルギー症状は、普通、鼻腔の塞がりや鼻水、目のかゆみ、くしゃみ、微熱などの症状になりますが、いのちにかかわるほど重症になることはありません。
しかし、イソギンチャクの毒で死んだイヌや卵白で死んだモルモットのように、重篤な症状アナフィラキシーを示すアレルギーもあります。
アナフィラキシー症状を起こすアレルゲンとして有名なものには、ペニシリン、すずめバチの毒などがあります。

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受動免疫と能動免疫:血清療法の危険性

抗体が含まれる血清を注射することで、動物の体内で作られた免疫機能をもらうのが血清療法です。このように自分の体内で作られものではない免疫ですから、受動免疫passive immunizationと呼ばれます。
第一の問題は、免疫機能が短命であるということです。
早ければ、注射して数日もすれば、代謝され、尿中に排出されてしまいます。

しかし、血清療法にはもうひとつ、もっと深刻で、決定的な問題がありました。

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食物アレルギー

食物アレルギーの症状は、ほとんど吐き気と嘔吐、腹痛と下痢です。
掻痒、蕁麻疹、ぜん息になることもあります。
ただ、食物アレルギーは心理的な影響も大きいと考えられています。自己診断の食物アレルギー患者について、実際に検査してみると、3分の2は、陰性だということです。
他の原因による不調をアレルギーと思い込んでしまったということです。

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IgE抗体:アレルギーの仕組みと症状

IgE抗体自体は誰にでもある無害な抗体です。
そして、ある特定の抗原と特異的に結合する末端の特徴的な構造をもっています。
アレルゲンに曝されると、IgE抗体の産生が始まり、抗体の量が一定レベルを超えると、マスト細胞、好塩球と結合します。マスト細胞や好塩球はヒスタミンなどの生理活性をもつさまざまな化学伝達物質を蓄えた顆粒で満たされています。
IgE抗体はマスト細胞や好塩球と結びつくことで、血液とともに全身をめぐり、産生の原因となった抗原を捜し求めることになります。
IgE抗体が見つけ出した抗原と結合すると、それが引き金となって、マスト細胞や好塩球はヒスタミンなどの化学伝達物質を細胞外に放出します。

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過敏症(アレルギー)の原因は血液にあった

実験室でもっとも過敏症を起こさせやすい動物がモルモットです。
卵白のような無害なものでも、一度接種して免疫し、二度目に接種すると、数分後には落ち着きを失い、目や鼻をこすり始めます。
そのうちに、呼吸困難に陥り、毛が逆立ち、失禁や排糞し、呼吸困難のため激しく喘ぎ、血圧の低下、体温の低下が起こり、不整脈などの症状を呈し、脳は酸欠状態になります。

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アナフィラキシーから始まった

遺伝子のうちのたった一つの欠陥が重篤な免疫不全を起こし、生命を維持できな程の致命的な症状を引き起こすという事実は免疫機能のうちにひそむ危険性を暗示しています。
免疫機能の一連の発見は、生体防御システムとして驚くばかりの巧妙さの発見でもあったため、研究の多くは、巧妙さの仕組みの方に向けられ、潜在する危険性に注意を向ける人はいませんでした。

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遺伝子治療の可能性と危険性

X-連鎖重症複合免疫不全症に対する造血幹細胞遺伝子治療は約90%で顕著な効果があったとされています。
しかし、1999年、2000年にフランスの病院で遺伝子の染色体挿入が原因で3人の患者が白血病を発症しました。そのため、フランスではこの遺伝子治療を一時中止しています。

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SCID治療法の望み:遺伝子治療

1990年代になると、SCIDの治療環境は大きく変わりました。
遺伝子工学の台頭です。
アメリカ国立保健研究所はADA-SCIDというデービッドとは別のタイプの免疫不全症の原因である欠陥ADA遺伝子への遺伝子治療にGOサインを出したのです。
従来の免疫療法や薬や手術といった医療手段は遺伝子欠陥という問題には無力でしたが、遺伝子が治療できるとなれば、話は別です。

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バブルボーイの死:SCIDの治療の困難さ

先天性の重傷複合型免疫不全症の障害をもって生まれたデービッドは、隔離された環境の中という制約はあったものの、順調に成長しました。
しかし、12歳のデービッドを前に、医療チームは彼の将来を考えなければなりませんでした。
このまま、20歳、30歳、40歳....と、果たして彼の全生涯を牢獄のように、隔離した環境で過ごさせることが適切なことだろうか?
前例のないことであるため、答えを見出すのは難しいことでしたが、徐々に方針は、デービッドに姉の骨髄を移植するという決断に向いていきます。

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バブルボーイの誕生とSCID治療の始まり

SCIDの治療は、通常、抗生物質が使われます。ある程度、有効ですが、ウイルス感染を防げるわけではありません。そのため、感染を繰り返し、体力も奪われ、徐々に重篤化しているのを見ている以外に何もできないのが現実でした。
骨髄移植が望ましいのですが、組織適合性の問題があり、骨髄移植はだれでもできることではありません。

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幼い子供の死:治療困難な重症複合型免疫不全症

先天的にT細胞、B細胞の両免疫系に欠陥をもつ子供が生れることがあります。
ほとんどは生後まもなく悲しみの死が待ち受けていることを思い知らされます。
この免疫不全は重症複合型免疫不全症(severe combined immn\unodificiency disease:SCID)という治療困難な病気です。
どうして、治療が困難かというと、あらゆる病原体にたいする免疫機能に欠陥があるため、くりかえし重篤な感染症をおこし、一時的に回復しても、結局徐々に重症化してしまうためです

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胸腺形成不全による免疫不全

先天的な胸腺の形成不全は、同時に副甲状腺の欠損、顔面の奇形、東部の発達異常を併発するために、経験のある小児科医は一目でそれと気づき、見逃すことはありません。
根本的な原因は退治菌も発育過程の異常で、さまざまな症状を伴う特徴があります。
副甲状腺の異常は、低カルシウム血症を起こし、さらに心疾患や精神の発育障害をもたらします。低カルシウム血症は筋肉の機能障害や痙攣などの原因にもなります。
さらに、ウイルス感染や細菌感染も起こしやすいことが知られています。
しかし、いったいこの子供の中で、何が起こっているのか、まだ問題を外から眺めているようで、問題の本質的なところ解決の糸口のようなところには、まったく近づけていませんでした。

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胸腺:やっと見えてきた免疫機能の素顔

過去の歴史を振り返ってみると、考え方を一変するような思想や発見は、なかなか受け入れられません。本質的に人は保守的な反応をします。
ところが、「見向きもされない時代」が終わり、新たな事実が受け入れられ、注目が集まると、多くの研究者が競って新しい事実を究明・解明することに力が向けられるようになります。すると、今までの長い停滞がうそのように、一気に研究が進み、事実が解明されてしまうことです。
1950年代にブルトンにより報告された無ガンマグロブリン症のケースは、抗体の働きと抗体がになっていない免疫の働きに光を照らしました。
1960年代にはディ・ジョージが免疫機能に胸腺が深くかかわっていることを暗示する広告をしました。
免疫学は、まさに次の段階へ進む戸口に立っているような状況です。

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抗体以外の免疫機能の発見

ブルース・グリックはオハイオ州立大学院生だったとき、あることに興味を持ち、実験をしてみることを思いついた。
それは、鳥類に特有の臓器ファブリキウス嚢が何の働きをしているのか調べてみたいということでした。
まさか、この実験が歴史的な大発見に至るとは夢にも思っていなかったことでしょう。

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免疫がないとどうなってしまうのか

1952年に米国海軍のオグデン・ブルトンによって、報告された少年のケースは、それまでの医学の考え方を一変することになります。
この少年は幼いときから感染症を繰り返し、発熱、嘔吐、関節痛に悩まされ、どのような治療を行っても、一時的に回復するだけで、すぐにまた感染症で入院することが繰り返されました。症状は徐々に悪くなり、根本的な改善は望めませんでした。
幸い、ペニシリンやサルファ剤が症状を抑えるのに効果的で、一時的であっても、なんとか元気を取り戻すことができました。
ブルトンによる検査の結果、病気の原因となっているのは肺炎球菌がもっとも多いことがわかり、ブルトンは、肺炎球菌の死菌からワクチンを作り、少年に接種します。
ところが、驚くべきことに、何度ワクチンを接種しても、抗体ができる気配がないのです。

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エピトープとパラトープ

抗体分子は固有の構造をもち、イディオタイプと呼ばれますが、これは抗体を構成する遺伝子のパーツの組み合わせの変化などで作り出されます。
その意味で免疫システムを神なきシステムと呼ぶ人たちがいます。
それは、免疫システムの完全さを「外部から侵入してくる新たな外的である抗原を撃退するための綿密に計画されたシステムに違いない」と考えていた人々にとって、呆気にとられるようなものだったからです。
「組み合わせの変化」による多様性とはあまりに「偶然」に支配されたシステムに見えるからです。

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イディオタイプとイディオトープ

60億人というほど多くの人間が地球上で生活しています。
みな、人類ですから、大きく違うわけではありませんが、それぞれ違いがあり、同じといえる人はいません。一卵性の双生児でさえ、よく見れば違いがわかります。
抗体も大きな意味では型があり、分類されていますが、立体構造には微妙な違いがあり、独自の構造を持っています。人間にとっては、その微妙な違いは重要で、その違いによって、個人を識別することができます。

60億人というほど多くの人間が地球上で生活しています。
みな、人類ですから、大きく違うわけではありませんが、それぞれ違いがあり、同じといえる人はいません。一卵性の双生児でさえ、よく見れば違いがわかります。
抗体も大きな意味では型があり、分類されていますが、立体構造には微妙な違いがあり、独自の構造を持っています。

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鋳型説と選択説

抗原分子が体内に侵入すると、どうしてその抗原に対応する抗体が作り出されるのか。
この謎を理論的に解き明かそうと多くの研究者たちが立ち向かいました。
どんな抗原にも、対応する抗体を作り出す免疫系の柔軟さの秘密はどこにあるのか。
私たちをはじめとする動物の体内では、どうしてそんな不思議なことができるのか。

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抗体の多様性・5種類の抗体

抗体がどんな外的(抗原)にも対応して作り出されることは、たいへん不思議なことで、多くの研究者がその謎を解き明かそうと努力しました。
イェルネの提唱したネットワーク説や鋳型説など議論を戦わしたのは、ほとんど無限という多様性が私たちの常識を超えたものだからでした。

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抗体が大量に作られるまでのプロセス

p>血液中のリンパ球の20%~30%はB細胞です。
B細胞は骨髄(Bone)から作られるので、その頭文字がつけられています。
B細胞は、その細胞表面に、免疫グロブリン(免疫:Immunity、グロブリン:globulin)で、一般にIgの略号で知られている分子を持っています。
Igは受容体(レセプター)と呼ばれ、抗原と結びつくのがこのレセプターの部分です。

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異物と非自己

イェルネは、すべての非自己は自己との反応性を基礎としていると考える。
免疫系が外部からの侵入者を異物として認識できるのは、異物であるからではなく、内部にある自己(内部イメージ)との比較、対比によって自分でないものを「非自己」、「他」と判断するのだといいます。
比較する自己がなければ、非自己は存在しないということなのです。

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イェルネのネットワーク説:抗体は事前に準備されている

「ひとりの人間の中に存在する抗体分子は、ばらばらに存在するのではなく、お互いに反応しあいながら、ひとつのネットワークを形成している。」と提唱したのは、ノーベル生理学・医学賞を受賞した免疫学の孤高の理論家ニールス・カイ・イェルネ(Niels Kaj Jerne、1911年12月23日 - 1994年10月7日)である。
人間一人の中には、約2兆個もの抗体分子があるといわれており、もし、それを取り出して重さを計るなら、およそ1kgにもなるということです。
それは、なんと脳細胞よりも多いのです。
抗体が識別し、捕えることができる抗原の種類は数千万種にも及ぶと考えられているのも、なるほどとうなずけます。

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異物を認識する能力の不思議:自己と非自己

異物・異物と簡単に言うけれど、何が異物で、何が異物ではないのか

身体の中に外部から異物が侵入してくると、すぐさま、異物を撃退する免疫機能が働き、・・・・
教科書的には、実に簡単な話です。
しかし、実際にどのように異物を自分ではないと知るのか、大変不思議なことです。
体内にある抗体のバリエーションだけで数えきれないほどの型があるのに、それは自分で、その中に名切れ込んだ、たった一つの異質を見極めるとは、まさに神業ではありませんか。

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抗体の多様性:未知のどんな抗原の侵入に対応する柔軟性

抗体の多様性の秘密

身体に侵入してくる異物はどんなものか予測することはできません。
しかし、抗体は驚くべき多様性をもって、未知の侵入に対応しているのです。

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抗原・抗体反応:異物ってなに?・怪獣キメラのおはなし

昔から闇の世界では、ある生き物の身体に、別の生き物からとった身体の一部を移植するような実験が行われてきましたが、すべて失敗に終わりました。
それは、移植された他の動物の器官を免疫系が異物と判断し、拒絶してしまうからです。
拒絶反応として、よく知られている現象です。

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抗体の多様性:どんな抗原にもぴったりフィットした特注品の抗体作ります

抗体のすごいところ、不思議なところは、どんな未知の抗原が現れても、三日後には、その抗原専用の抗体が作り出されるのです。
どんな抗原が現れても、対応できるように、いろいろなパターンの遺伝子構造に対応できるように、型の準備ができているのです。

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北里柴三郎・ベーリング:抗毒素(抗体)の発見

医学界への衝撃:血液の中に毒を中和する物質ができる

ドイツのコッホのもとで研究をしていた北里とべーリングは、破傷風菌を少量、うさぎに注射する実験を行った。発病したり、致死量とならないように、破傷風菌は、少量ずつ、何回かに分けて注射しました。
その後、このウサギに通常であれば致死量に相当する量の破傷風菌を注射してみると、驚くべきことに、ウサギは死なないばかりか、発病することもなく、まさに元気なままで、ウサギには何事も起こりません。
そのときは、北里にも、ベーリングにもわからなかったのですが、ウサギの体内に、菌をすこしずつ注射したことで、破傷風菌に対する免疫ができていたからでした。

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抗体の働き

h3>抗体<.h3>

私たちの身体に、外から何らかの異物が入り込んできたとき、それを異物として認識して、撃退する身体の防御システムがあります。
「免疫」と呼んでいる機能です。
この免疫システムを支えている主役の一人が抗体と呼ばれる一種のたんぱく質です。

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病原菌論だけでは解決できない問題

病原菌と病気の関係がなかなか受け入れられなかった背景には、いろいろな問題がありますが、その一つに、病気の原因となる病原菌は、健康な動物や人の中にもあることがわかっていました。
なぜ、同じ病原菌があるのに、一方は病気になり、もう一方は病気にならないのか、そういうことには、なにも答えがありませんでした。

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パスツール:発酵と微生物の研究から病原菌と病気の関係を解明

ワイン・ビール製造と発酵

ワインやビールの製造では、発酵が重要であることは、当時から知られていました。腐敗も発酵と同じような現象であることも知られていました。
パスツールは発酵や腐敗が細菌などの微生物の働きで起こることを証明したのです。

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ロベルト・コッホの偉業

ジェンナーの種痘により、天然痘の予防・治療に道が開かれ、一定の成果を上げることができましたが、それは次の新たな研究の幕開けでもありました。
この分野で、当時、世界をリードしたのはフランス・パリのパスツールとドイツ・ベルリンのロベルト・コッホです。二人は国際的な事情から互いに激しいライバル意識を燃やし、細菌の発見、細菌学の研究競争にしのぎを削ることになります。

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微生物学の台頭:微生物研究の機運の高まり

ジェンナーの功績と限界

ジェンナーの開発した種痘によって、多くの人を死に至らしめた恐るべき病気・天然痘の根絶に向けて人類は大きな一歩を踏み出しましたが、同時に、種痘を実施する医師でさえ、種痘・牛痘の接種によって、何が起きているのか、ということは、まったく分かっていませんでした。
種痘を実施したところ、「結果が良かった」というだけで、理由はジェンナーを含め、誰にもわかりませんでした。
それは、そもそも、天然痘がどのように発病するのかわかっていなかったのですから、仕方がありません。

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牛痘への注目

牛痘に感染した人が天然痘に強い抵抗力を持っていることに人々が気付きはじめていました。
現在では牛痘のウイルスと天然痘のウイルスの遺伝子の95%以上が同じであることがられています。
牛痘に罹った牛は、天然痘の軽い症状に似た症状を示しますが、重くはならないで、回復します。
また、牛痘に罹った牛は二度と牛痘に罹らないことも農家ではよく知られていました。

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人痘接種:反対する人々と推進する人々

人痘接種:ブームの陰で

どんなことでも新しい試みは反対に出会います。とくに人命にかかわること、人生観にかかわるほどのことでは、反対も激しくなります。
人痘接種は、ある意味で華々しい成功を収めました。
しかし、成功率は100%ではありません。天然痘の膿を健康な人に接種するという危険を伴うことでしたから、失敗は生命にかかわる可能性があります。<br /> そして、失敗は反対派の人々に加格好の攻撃材料を提供することになります。

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人痘接種:英国王室の決断

天然痘の流行の恐怖は人々を追い詰めた

メアリー・ワトレー・モンターグが英国で初めて人痘接種を行って間もなく、英国王室のキャロライン皇太子妃は、自分の娘たちに、人痘接種をしたいと思うようになりました。
英皇室が、まだ医療として確立していない人痘接種のような治療法(予防法)を採用したいと考えたということは、当時、天然痘の脅威がどれほど大きなものであったか想像させるのに十分なことといえます。

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人痘接種をヨーロッパに紹介した人:メアリー・ワトレー・モンターグ女史

メアリーは結婚後すぐに天然痘に罹り、一命はとりとめたものの、回復後の彼女の容姿は変わり果ててしまいました。
夫とともにイギリス大使として、コンスタンチノープルに赴任した彼女が目にしたものは、実に驚くべきことでした。天然痘患者の膿を採って、健康な人の傷つけた腕にその膿をすりつけるという人痘接種だったのです。これは、彼女にとって大変な衝撃だったと推測されます。

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天然痘と免疫発見の歴史:人痘接種

天然痘:いつかきっと罹る病気

17世紀のヨーロッパでは、天然痘は、死ぬまでには(天然痘で死ぬかもしれないが)きっと一度は罹る病気として、恐れられていました。
それほどに蔓延し、その上、問題は、天然痘は命の危険がともなうほどの病気であり、罹ると、顔や身体にはっきりとした目立つ跡が残ることでした。ある意味で、治ったあとも、かなり無残な姿になることでした。患者の死亡率は1/4を超えるほどだったということです。

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天然痘の根絶

種痘が世界に浸透

WHOの総会で「世界天然痘根絶計画」が可決されたのは1959年です。
その結果、世界各国で、種痘が行われるようになり、天然痘は、またたく間に、減少し、ついに、1977年ソマリアでの発生を最後に、天然痘は発生していません。
1980年、WHOは天然痘根絶宣言をするに至りました。これは人類が病を完全に制圧した最初の例です。自然界に天然痘のウイルスそのものが、もはや存在しないものとされているのです。

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人痘接種から牛痘接種へ:ジェンナーの功績

牛痘と天然痘の関係に注目したジェンナー

人痘接種に対して、牛痘に感染することで、天然痘への免疫を得ようとする試みが出始めますが、本格的に注目して研究をしたのが、ジェンナーでした。
彼は、人間の病気のいくつかは、家畜から人に移ったものと考えました。天然痘も、最初、馬から牛へ、そして牛から人へ感染したものを考えたのです。彼は、天然痘の免疫は牛痘接種でも可能に違いないと考えたのです。

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天然痘の発生の歴史

知られていない病気が人類に突然発生することがあります。
AIDSは古くからあった病気ではありません。UCLAの医師ミカエル・ゴトリーブによって1981年に初めて報告されたにすぎませんが、またたく間に人類を恐怖に落とし入れるほどの勢いで感染者が増加しています。
天然痘がいつ人類に入ったのかまったく不明ですが、エジプトのミイラ・ラメセス5世の顔や体には、天然痘の、それも強毒性の天然痘の痕跡があります。
マルクス・アウレリウスの死因は天然痘であったといわれています。

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免疫の記憶:記憶するのは脳だけではない

私たちの身体は、一度、異物に曝されると、次回はその異物に対して、免疫系の反応がより強力に働き、異物を撃退する。
はしかに一度かかると、二度かからないのは、以前かかったはしかを免疫が記憶し、もう一度はしかのウイルスが体内に侵入してきたとき、病気になる前に、免疫が撃退してしまう。「はしかに対して免疫がある」というとき、免疫のこの記憶力を指しています。

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免疫について認識の広まり:ヨーロッパを襲ったペストの恐怖

歴史を変えるほどの死者を出したペスト:黒死病といわれ恐れられた

ペストはヨーロッパでたびたび流行し、多くの人々の命を奪いました。1438年の流行で、イギリスでは人口の1/3が死んだといわれています。
このときも、看護にあたった修道士たちは、ペストにかかっても軽く済み、回復し、その後は再びペストにかかることがなかったといわれています。

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免疫についての歴史上最初の記録:ペロポネス戦争の疫病

古代アテナイの歴史家トゥキディデスはペロポネス戦争を実証的な立場から「戦史」として記録しました。
BC.409年カルタゴ軍がシラクサへ侵攻したときのことです。ところがこの戦争の中で、両軍に疫病が発生し、多くの兵士がこの疫病に倒れ、亡くなりました。そのため、カルタゴ軍は攻撃を断念して、撤退せざるを得ませんでした。
8年後、カルタゴは新しい兵士を集め軍を再編し、再び、シラクサへ侵攻を開始しました。
そして、恐ろしいことに、再び、両軍に疫病が発生してしまいます。

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抗体発見:北里柴三郎

ジフテリア・破傷風は人の体内で毒素を放出します。この毒素が病気を起こしているわけです。そこで、彼はこの毒素をすこしづつ、段階的に量を増やしながら、馬に注射してみたのです。
すると、馬の体内で、毒素を中和する不思議な働きをする物質が作られ始めたのです。この毒素を中和する物質を北里は抗毒素と呼ぶことにしました。
この抗毒素こそ、今日の免疫学を誕生させたといってもよい重大な発見「抗体」の発見でした。

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